でんしゃ3

学長このあいだ、都内で電車に乗っていたら、インド人の家族に、ある遊園地への行き方をたずねられたのです。
5人家族で、PT構成はおとーさん、おかーさん、むすめ、むすめ、むすこ。

「急行に乗って、この駅で各停にのりかえるんですよ」と教えてあげたらおとーさん、とても喜んでくれました。


でんしゃ2

わたしは乗車中、しばらくかれらを観察していました。
5人は、東京は初めてだけど、どこか日本国内に長くお住まいなのかなと思われました。
なんせ日本語が超ウマイ。

むすめ
「ちょwパパ、そのマフラー、超ダサだし」

むすこ
「マジそれクッソヤバくね?」

といった調子で、語彙とかイントネーションのみならず、若者的な日本語の崩れ方もじつにナチュラル。

クッキリ二重のまぶた、大きな鼻とくちびる、薄めのコーヒーのような琥珀色のお肌。
ヒンドゥーの一家なのか、おかーさんは額にビンディのしるしがあります。

こんな、いかにも!インド顔から、「てかさ~、」とか「まじウゼー」とかの言葉が放たれるのを見ていると、ファニーなような、インタレスティングなような、なんとも言えない気持ちになってくるのでした。

少なくとも彼らの周りでは、こういうしゃべり方が受け入れられているから、「こういうしゃべりかたをするのが日本人」だから、それを聴きとって学習し、身につけたのでしょう。

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あたらしい会社や部署、学校や、部活などに入ったとき、あるいはあたらしい場所に引っ越したとき、わたしたちはその集団になじもうと努力します。
そのために、その集団で普及しているあらゆる有形無形の文化を学習して取り込もうとします。

たとえば服装や持ち物を周りになんとなく合わせてみちゃったり、毎朝出勤する時間帯をおなじくらいにしてみたり。

意識的にか、無意識的にか、いろいろと同化させようと、試行錯誤しちゃいませんかね。

んで、そういったもののひとつに、ことばが挙げられます。

あたらしい集団に入り、その集団と同化しようとするとき、おなじ言葉をしゃべることは、わたしたちがもっとも重要視するもののひとつではないでしょうか。

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翻ってアストルティアのことを考えました。
毎日この世界に入り、毎日プレイしていると自然すぎて忘れちゃうけれど、じつはアストルティアにも独特の言葉とか、おもしろい言い回しがたくさん存在しています。

そうだな、古くは、「平田」※とかありましたね。


※アストルティア的ゆとり世代読者のために解説しますと、「平田」はひらめきのゆびわを装備し、タイガークローを習得した武闘家や盗賊のことを指す古語です。

ほかにも、
広場的なベストセラーだと、「サブから失礼します」とか。

あそうそう、
迷宮で香水使ったのにミネアもトルネコも現れない時なんかに叫ぶ
「りっきぃーーー!!」
なんかもその一つだと思います。
あ、今は
「安西せんせええ!」
か。

こういった共通語は、集団に漂う気分や流行、といった無形文化を共有するカギとして、すごく大きな役割を果たしているものです。

ことばを共有する人々とは一体感を感じやすいし、「自分はこの場所に受け入れられているんだ」という安心感を生むのではないでしょうか。

だからわたしが電車のなかで出会ったインド人たちも生活の必要から、周囲の日本人になじむために、ことばや習慣を共有しようとすごく努力したのかもしれない。

その成果の一つが、「てゆーかさ」だったり、「超ウゼー」だったりするのかもしれない。
そう思いました。

考えてみれば、「まわりの人と同じになろう」「自分だけが違っていることのないようにしよう」という考え方そのものがものすごく日本人的だと思います。
だから彼らのやり方は、ある意味ではものすごく賢くて、効率的なのかもしれないと思いました。

たこさん

今回、わたしが電車の中で日本語堪能なインド人ファミリーに出会ったのは偶然です。
かれらと言葉を交わし、かれらの置かれている状況や、かれらが辿ったのかもしれない歴史を想像することができたのも、また貴重な偶然です。

アストルティアのすごいところは、偶然の奇跡に頼らなくとも、こういう文化人類学的なシチュエーションが日常的にたくさんあるということです。

あたらしいことばが生まれ、普及して、そしてそれがいつか使われなくなって死んでいくところまでを間近に見ることができる。
アストルティアってすごい場所だな、といつもわたしは思っています。

くわえてアストルティアは現実世界よりも時間の流れが速いので、モノによっては数カ月サイクルで、ひとつのことばが栄枯盛衰するさまを観察することができ、研究者としては本当に願ってもない環境にあります。

そしてそれは、ことばだけでなく、アストルティアで生まれては消えてゆく文化、慣習などの多くの分野にも同じことが言えます。

たとえば、メギストリスの日替わり討伐は、一昔前まで5000Gとかで販売されていました。
買う側も一列に並ばずに販売者の周りにダンゴ式に群がったりしていたんですよ。

それがいつのまにやら無料配布が主流となり、畑にも行かないでね!スタイルのほうが、圧倒的に多くなったりとかね。
「うしろからくる✕」も見かけなくなったな。

こんな小さなことにも、流行り廃りがあり、そしてそこには合理的な理由があったりして、じつはすっごくおもしろいものです。

てなわけでねしょくん
マキ学長にとってまさにアストルティアは、ヨダレたらしてハフハフしちゃうほど楽しい文化研究のフィールドなのでえす!

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えっへん

ちなみに「平田」がその後どんな末路を辿ったかと言いますと。
まず、バズズとソーサリーリングの登場によって淘汰されました。

そして後継のソサリも、Ver2で試練の門やメタキンコインが実装されてフィールド狩りが衰退すると同時に影を潜め、Ver3での勝どき宝珠実装によって完全に息の根を止められたのでありました合掌。



諸君もTwitterで「#アストルティア老人会」
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